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新しい金融監督体系

監督される側の地域金融機関は、集中改善期間において、満足な結果を出せなかったうえ、厳しい環境の影響も否定はできないという状況であった。監督される側同様、監督する側にもアクションプログラムがあり、金融庁も結果を出す必要があったことに変わりはない。金融庁の結果検証にあたって、保護行政時代の金融監督の姿はなく、考え方がドラスティックに変わってきていることを現場においても理解しておく必要がある。そうでなければ情報開示の必要性や市場規律といった言葉に込められた監督の意図を誤解しかねない。

自由化以前(日本では金融監督庁が誕生する以前)の金融監督は金融機関の行動のみなならず、いろいろなものに制限を加え、その制限の範囲内にとどまった事業運営をしているかどうかをチエックするものであった。金融機関の利益は規制により縛られた金利や手数料によって確保されており、ボリュームや件数に利益は比例するため、ボリュームや件数の奪合いが金融機関の競争であった。しかし、その利益獲得活動で発生するリスクについても、大蔵省が実質的に制限していた。すべては大蔵省というお釈迦様の掌のうえで転がされており、金融機関の経営方法に裁量が与えられていたようには思えない。上意下達として、大蔵省から決められ、いわれたことをきちんと守ることが金融機関経営であった。

ちなみに、金融機関の本部と現場の関係はいまもなお上意下達の姿のままである。業績評価で現場の箸の上げ下げが決められる。営業経費のコントロール権限は本部の人事・総務部門にあり、現場に権限はない。古い仕組みがいまだに残っていることの是非はここでは問わないが、金融当局と本部との関係が変遷していくことで、なんらかのひずみが出てくる可能性もあるため、こちらも注意しておく必要があるだろう。大蔵省が金融機関に対してリスクテイクを制限することで、厄介な事情が生じてきた。規制により縛られていた金利や手数料が自由化したことに端を発する。

いまでは当り前のことだが、いつも長プラ変動などで長期借入れを行ってきた取引先などがスブレッド貸を好み始め、大口定期預金の利回りを金融機関同士で競い合って、巨額のホットマネーをとり始めた。そんな時期が一〇年以上前にあったことを記憶するベテランの方も多いと思う。そしてスプレッド貸の利鞘の薄さや大口定期預金の腹切金利などをみるにつけ、「自由化=収益性の低下」を実感したはずだ。この収益性低下を埋めるためには、金融機関のリスクテイクしかない。ところがリスクをとれないような規制が存在していれば、収益機会を得られなくなる。