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「金融庁は審判」が新たな監督スタイル

金融庁側もいよいよ動き出すことになった。「リスク管理も金融機関が自分で考えてやりなさい。ただし、利用者保護のために、そのリスク管理態勢や内部プロセスはチェックします」ということになった。本格的なリスクテイクの自由化である。二〇〇六年末から実施される予定の新しいBIS規制では、信用リスクの評価方法も標準的手法、基礎的内部格付手法、先進的内部格付手法のなかから金融機関が評価方法を選べることになっており、最も簡単な標準的手法においても、三ヵ月超延滞先などでは引当金を積まなければ元本を上回る(一〇〇%を超える)リスクウェイトが適用されるようになる。

逆にこうした債務者であっても保守的に引当金を積みさえすれば、大幅にリスクウェイトを削減できるようになる。「金融検査マニュアル」はこの内部管理や内部牽制の思想を先取りしてつくられており、新しい時代のBIS規制もこうした考え方に矛盾はない。しかしながら、金融庁がリスク管理態勢や内部プロセスをチェックするとした場合、金融機関が「どうせチェックされるわけだから」と、あまり派手なリスクはとらずに、保守的なリスク管理態勢や内部プロセス運営を行うことは目にみえている。

金融機関の行職員の保守性(悪くいえば事なかれ主義)はそのDNAに刻み込まれているからだ。こうした収益性をそぐような行動は利用者には喜ばれるかもしれないが、自己資本比率と収益性のトレードオフ関係があったように、株主には一般的に好まれない。株主と利用者を同列にとらえているのか、自己資本比率が高いだけで株主も満足すると考える地域金融機関もある。そういう考え方をする限りにおいては、ひたすら保守的な事業運営が行われるだろう。株主は健全性も求めるであろうが、収益性も求めていると考えるべきだ。いまは自己資本比率の高さだけで喜んでいる株主がいるとしても、収益性が下がるにつれ、うるさくなっていくことは目にみえている。

ゆえに株主からは、リスクとリターンのバランスを高度なリスク管理により実現して、高い自己資本比率もさることながら、なるべく多くの株主価値を還元してほしいといわれるだろう。そういった意味で金融機関は利用者と株主のあいだの板挟みに悩まされる存在といえる。そこで、「リスク管理態勢や内部プロセスを金融庁だけでなく、市場(株主)からもチェックされるべきである」という考え方が出てくる。果ては「市場のチェック機能を十分に機能させるために、情報開示が重要である」ということになるのである。これが最近金融庁関係の資料でよく登場する『市場からの規律付け』という言葉の意味するところである。

クレジットデリバティブの登場

投資信託の銀行窓口販売は一九九八年一二月に解禁された。地域金融機関でも解禁当初は一部の店舗のみで販売していたり、様子をみたりといったスタンスの地域金融機関もあった。地域住民からのクレームなど、リスクを警戒していたものと思われる。しかし、しばらくすると多くの地域金融機関でも積極的に販売するようになった。窓販解禁により可能となったリスクテイクに踏み込んだのである。投資信託窓口販売解禁以後の地方銀行六四行における資金利益と役務取引等利益である。一九九八年度から二〇〇四年度までの間、資金利益は約二三〇〇億円の減少を示している。ところが、同期間で役務取引等利益は約一二〇〇億円の増加を示している。

もちろん投資信託の販売手数料や信託報酬だけが役務取引等利益ではないが、同期間の四〇%近い役務取引等利益の増加に対する貢献は大きいものと考えられる。営業経費が三〇〇〇億円近く減少しながらも、同期間の業務純益はわずか一六二四億円の増加にとどまっている。投信窓販が認められないという規制が継続した場合、この二一〇〇億円の付加価値は得られないことになるため、地方銀行でさえこのような粗利の維持は困難だったのではなかろうか。「自由化=収益性の低下」を避けるためにも、大蔵省は自己責任や経営判断においてリスクテイクも自由化することにした。

ただし、この段階では、とったリスクを管理する方法は大蔵省が定めていた。このリスク管理方法の一つが、自己資本比率の計算根拠となるリスクウェイトである。国内規制では、四億円の自己資本があれば、最大一〇〇億円まで一般事業会社向け融資の残高(リスクウェイト一○○%)を有することができ、協会保証付融資の残高(リスクウェイト一○%)ではその一〇倍の一〇〇〇億円まで有することができる。国債であれば保有制限は天井なしである。その範囲内であれば自己資本比率は四%を割ることなく、健全な金融機関とみなされるのである。これは大蔵省、その背後にあるBISのバーゼル銀行監督委員会が一九八八年に決定した信用リスクの管理方法である。

しかし、この方法は正しい信用リスク管理としては明らかに違和感がある。一般事業会社向け融資といってもピンからキリまである。電力会社のような超優良企業もあれば、延滞実績や債務超過のある不振企業もある。そこに対する融資の信用リスクが同じだとしているわけである。そうであれば、高い利回りの期待できる不振企業への融資案件を積み上げても、このリスクウェイトルールによれば、金融庁からは信用リスク管理についてのお咎めはなく、収益性も電力会社に貸し出すよりは大きく改善する。収益性は高まるものの、明らかに健全性を損なうはずである。さらに、証券化商品やクレジットデリバティブといった新しい金融商品の登場が事態を複雑にした。

新しい金融監督体系

監督される側の地域金融機関は、集中改善期間において、満足な結果を出せなかったうえ、厳しい環境の影響も否定はできないという状況であった。監督される側同様、監督する側にもアクションプログラムがあり、金融庁も結果を出す必要があったことに変わりはない。金融庁の結果検証にあたって、保護行政時代の金融監督の姿はなく、考え方がドラスティックに変わってきていることを現場においても理解しておく必要がある。そうでなければ情報開示の必要性や市場規律といった言葉に込められた監督の意図を誤解しかねない。

自由化以前(日本では金融監督庁が誕生する以前)の金融監督は金融機関の行動のみなならず、いろいろなものに制限を加え、その制限の範囲内にとどまった事業運営をしているかどうかをチエックするものであった。金融機関の利益は規制により縛られた金利や手数料によって確保されており、ボリュームや件数に利益は比例するため、ボリュームや件数の奪合いが金融機関の競争であった。しかし、その利益獲得活動で発生するリスクについても、大蔵省が実質的に制限していた。すべては大蔵省というお釈迦様の掌のうえで転がされており、金融機関の経営方法に裁量が与えられていたようには思えない。上意下達として、大蔵省から決められ、いわれたことをきちんと守ることが金融機関経営であった。

ちなみに、金融機関の本部と現場の関係はいまもなお上意下達の姿のままである。業績評価で現場の箸の上げ下げが決められる。営業経費のコントロール権限は本部の人事・総務部門にあり、現場に権限はない。古い仕組みがいまだに残っていることの是非はここでは問わないが、金融当局と本部との関係が変遷していくことで、なんらかのひずみが出てくる可能性もあるため、こちらも注意しておく必要があるだろう。大蔵省が金融機関に対してリスクテイクを制限することで、厄介な事情が生じてきた。規制により縛られていた金利や手数料が自由化したことに端を発する。

いまでは当り前のことだが、いつも長プラ変動などで長期借入れを行ってきた取引先などがスブレッド貸を好み始め、大口定期預金の利回りを金融機関同士で競い合って、巨額のホットマネーをとり始めた。そんな時期が一〇年以上前にあったことを記憶するベテランの方も多いと思う。そしてスプレッド貸の利鞘の薄さや大口定期預金の腹切金利などをみるにつけ、「自由化=収益性の低下」を実感したはずだ。この収益性低下を埋めるためには、金融機関のリスクテイクしかない。ところがリスクをとれないような規制が存在していれば、収益機会を得られなくなる。

過去の蓄積を食いつぶす地域金融機関

一九九〇年代後半には資金仲介業務の基本が崩壊し、そのかわりに活路を求めたリテール戦略の個人ローンビジネスや預かり資産ビジネスも、家計の困窮化によって限界がみえてきている。現場はビジネスモデル変革どころではなく、現行のビジネスモデルにおいて未曾有の苦境に直面しているのだ。地域金融機関の財務データにも、こうした現象が垣間見えた。特に下位の地域金融機関においてである。いずれの業態も総資産はほぼ横ばいを維持している。コア業務粗利益(資金利益+役務取引等利益+その他利益-債券五勘定尻。ほぼ現場で稼ぐ利益イメージに合う)については地方銀行業界がほぼ横ばいであることに対し、第二地方銀行業界では五%程度の減少、信用金庫業界では一〇%程度の減少という結果になっている。

営業経費はどこの業界でも削減されており、地方銀行業界では五%程度の削減であるが、第二地方銀行業界と信用金庫業界はともに一一%程度の削減と、コストカットの厳しさを示している。そしてコア業務粗利益から営業経費を差し引いたコア業務純益は地方銀行業界と第二地方銀行業界で一三%前後増加しているが、信用金庫業界は一〇%程度減少している。第二地方銀行業界はコア業務粗利益が地方銀行業界より五ポイント多く減少したため、営業経費も六ポイントほど地方銀行業界より多く削減し、株主満足を達成しているのだ。

コア業務純益を増やすということは、株主や会員の満足のためには最低限必要である。コア業務粗利益を増やすか営業経費を削減することで、コア業務純益を増やすことは可能である。厳しい環境を反映して、収入であるコア業務粗利か大きく増加した業界はないため、どの業界も支出である営業経費の削減に取り組んだことになる。しかし、信用金庫業界では一一%程度の厳しい営業経費削減も及ばず、コア業務純益までもが減少してしまっている。もっとも信用金庫は株式会社でなく協同組織であり、利益追求を目的としていない。ゆえにコア業務純益が減っても仕方がないという意見もあろう。

わたしの理解では、信用金庫は「稼いだ利益を無駄遣いせずに、大事にこつこつと蓄積してきて、その結果少々苦しくても利益を上げる必要のなかった」業界である。信用金庫業界の特徴として、自己資本(会員勘定)に占める資本金(出資金)以外の利益剰余金が全般的に厚いことがあげられる。過去の利益の蓄積が利益剰余金の厚さに反映している。昔は高成長経済に恵まれたうえ、規制も多く、利益蓄積はある程度保証されていたため、問題はなかったかもしれない。しかし、二一世紀以後の環境変化を受けても「少々苦しくても利益を上げなくてもよい」といっていては、厚い利益剰余金をそのうち食いつぶしていくことになりかねない。現にコア業務純益はわずか三年のうちに一割誠になっているうえ、経費削減に努めても焼け石に水だったことからも、利益剰余金を食いつぶさない保証はない。

総資産だけは二一世紀になってからも横ばいであるが、「総資産を維持するためには利益を犠牲にすることはやむをえない」とする風潮があるのであれば、ますます危険である。質素倹約に努め利益剰余金を他業界に比べ多く積み立ててきた先達に顔向けできなくなるのではないか。何をもって地域密着というかはさておき、信用金庫の地域密着度合いはおおむね地方銀行・第二地方銀行のそれより高い。ゆえに地域経済の厳しさも他業界に比べ大きく受ける。一般的に上位業界には儲かるところだけを選んで事業展開をするという選択肢がある。ところが信用金庫業界はそうではないところも多い。マクロの経済環境の悪化からこの事実が露骨にあぶりだされたといえるだろう。

リテール戦略 の個人ローンビジネスや預かり資産ビジネス

多くの地域金融機関は家計から稼げない資金利益をかんがみ、預かり資産営業強化にシフトしている。家計の資金余剰額はフローベースでは鈍化しているものの、いぜんプラスの水準であり、一四〇〇兆円のストックを有するマーケットである。「事業性も消費性も資金需要は乏しいから、預かり資産で収益力を強化しよう」という試みは理解できる。しかし、またも期待は裏切られる。保険・年金準備金は家計でみれば保険料の払込みととらえることができるが、過去四半世紀で最低の水準を示している。二〇〇二年度は二兆円近くの解約超である。はやりの保険の見直しによる保険料削減効果もあるかもしれない。

それにしても、同年の住宅資金需要も減少していることから、日本の家計は二〇〇二年度に保険を解約してまで住宅ローンを返済したのではないかと疑いたくもなる。生活の保障をあきらめてまで金利を銀行に払いたくないものかと、ため息も漏れる。投資信託受益証券の推移は日本の株式指標と似た動きで推移している。株式市場が好調ならば増え、不振であれば減少する傾向がある。相場が好調であれば収益源として機能するように思われるが、安定的な収益源としては心許ないのではないか。

二〇〇四年度は四兆円近くの資金を家計が投資信託に向けたということや、毎月分配型投資信託のバブルとも思われるような売行きをみるにつけ、投資信託に期待したいのもわかるが、相場が悪ければすぐに剥落してしまう収益源にすぎない。外債相場の急落で投信販売が不振になり、販売手数料や信託報酬の急減などから赤字決算となるということもありうるのではないか。いまいいからといって投資信託で苦難を乗り越えようとする戦略はお勧めできない。足下相場のよい投資信託を除けば、完全に八方塞がりだ。これが低成長時代というものなのだろうか。低成長時代には地域金融機関に限らず、銀行業は収益機会を失う運命にあるようにすら思われる。

中小金融機関のリテール戦略の柱「住宅ローン」

中小金融機関のリテール戦略の柱は住宅ローンであった。住宅ローンは地域金融機関を含めた民間以外に住宅金融公庫など政府系金融機関の存在も大きい。一九九八年度以後もフローベースの民間の住宅ローン需要実績は好調であったが、二〇〇四年度についにかげりがみえ始めた。二〇〇〇年度以後好調だったが、直近の二〇〇四年度は前年比三兆円近く需要が減少した。政府系は住宅金融公庫の縮小方針が決定してから、減少の一途をたどっている。そして政府系と民間の合計の住宅資金需要実績は驚愕の現実を示す。二〇〇一年度以降二〇〇〇億~三〇〇〇億円の需要実績しかなく、二〇〇二年度と二〇〇四年度には九〇〇〇億円のマイナスの需要(需要より返済のほうが大きい状態)実績を示している。

政府系金融機関の圧力も弱まったものの、住宅資金需要そのものが二〇〇一年以後急減しているのである。このような状況は過去四半世紀で初めての経験である。住宅金融公庫の肩代わり市場の縮小は現場でも痛感していることだろう。肩代わり以外の住宅資金需要はこのように不安な状況が続くとなれば、限られた需要に対して競争はさらに熾烈化することは目にみえている。リテール戦略では、住宅ローン以外に消費者ローンも目玉商品であった。先行する消費者金融業界に対抗して、同業界に対する提携や審査の迅速化などで地域金融業界もしのぎを削っている。

地域金融機関には消費者ローンの無人契約機を設置するところも少なくなかった。家計部門のフロー減少から、小口の生活資金需要はあるのではないかとの期待もできる。しかし、実態は厳しい。二〇〇二年度以後は一兆円前後の返済超過になっている。マクロデータからは小口の生活資金不足は消費者ローンの利用につなかっていないことが示される。なんでもリボルビング返済のクレジットカードで支払い、小口の資金不足はそのままクレジットカード発行の銀行借入れで補われるという、アメリカのような状態には至らないのだ。

こうしたことから、日本の家計は「資金余剰額の減少=賃金減少」に伴って、住宅ローンも消費者ローンの需要も減少していることがわかる。余分な金利支払を減らして、生活負担を軽くしようとしている家計の姿が垣間みえる。二〇〇五年は夏季ボーナスの支給が増えた企業もあるといわれているが、四半期ベースの資金循環をみても、家計の資金需要改善の兆しは表れていない。余分な金利支払を減らしたいという家計部門に対し、資金利益を稼いでいこうとするのは少し無理があるのではないだろうか。

金融機関借入額の伸びはマイナス

一九九七年度にはそれまで資金不足であった民間非金融部門はフローベース(その年度だけでの資金余剰の変化)で資金余剰に転じた。この頃から「資金余剰の家計部門から資金不足の民間非金融部門へ資金を仲介する」という資金仲介業務の前提が成立しなくなる。マクロでみたときの事業性資金需要の乏しさが表れている。「それは大企業の話ではないのか。地域金融機関の主力先である中小企業では実情は異なる」という方もいるかもしれない。そこでご覧いただきたい。法人企業統計から算出した資本金一億円未満の企業における金融機関借入額の伸び(前年比)である。

一九九九年度以後、金融機関借入額の伸びはマイナスに転じている。大企業ほどではないにしろ、借入金が減少していることがわかる。現場の努力にもかかわらず、事業性資金の融資を取り巻く環境は厳しいわけだ。もっとも、直近の二〇〇四年度においては民間非金融部門の資金余剰額は一五・三兆円と前年度の半分近くに急減している。しかし、それでも二〇〇一年度の水準(六・四兆円)までは回復していない。二〇〇五年六月一六日付日本経済新聞は大手企業の資金調達が前年比三倍にふくらんだことなどをあげているが、そのほとんどは株式などによるものであり、直接金融の活発化がその要因とされている。

間接金融に恩恵があったと評価するのは早計なようだ。また、資金不足セクターとして一九九四年度頃から政府の存在が大きくなってきた。バブル崩壊以後の相次ぐ財政政策出動が主な原因だ。したがって、このような環境で資金仲介業を展開するとすれば、資金余剰の家計部門や民間非金融部門から資金不足の一般政府部門へ資金を仲介する、つまり、家計や事業者に国債を売ることになる。しかし、国債の窓販手数料は資金収益に遠く及ばないものであり、銀行業の収益源としては心細い。

家計は相変わらず資金余剰セクターであるが、その余剰度合いが一九九八年度頃から変化している。折しも地域金融機関が事業性資金融資の伸び悩みからリテール戦略に目を向け始めた頃である。これは、一九九八年度頃から家計の収益力が低下し始めたことを意味している。バブル崩壊後どの業界でも賃金カットは継続的に行われていたが、ITバブル崩壊以後さらにこの傾向に拍車がかかり、世帯主の賃金カットが多分に影響しているものと思われる。

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